トノパーを歩く

”The best teacher is experience and not through someone’s distorted point of view”
最も偉大な教師とは体験だ。誰かの歪んだ視点越しではなく、自分で確かめた。

―ジャック・ケルアック 『オン・ザ・ロード(路上)』

ネバダ州の荒野を自由気ままに走り抜ける。そんな旅が好きな人には、きっと共通する感覚があるのだと思う。目的地があってもなくても、ただ歩く、ただ進む。その先に何があるのだろう、自分の目で確かめたいという衝動だったり。インターネットで世界中の景色を覗ける時代だけれど、自分で経験したことにしか、本当の実感は伴わない。
トノパー(Tonopah)は、そんな旅の途中でふと立ち寄りたくなる町だ。ネバダ州のちょうど真ん中あたり、ラスベガスとリノの間にぽつんと存在する。1900年にジム・バトラーが偶然銀鉱石を発見したことで急成長した。最盛期には人口5万人を超え、ネバダ州で二番目に裕福な町となったが、今では人口はわずか2000人ほど。往時の面影を残す、静かで、どこか時間の流れがゆるやかな町だ。まさに鉱山ブームの栄枯盛衰を体現する場所と言える。


トノパーへと続く一本道の国道は、まるで映画のワンシーンのようだった。周囲には何もなく、ただ空と地平線が広がるだけ。ふと頭に浮かんだのは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの「Scar Tissue」や、カーディガンズの「My Favourite Game」のミュージックビデオ。もちろん、MVのように無茶な運転はしていないけれど、あの映像の中に自分が入り込んだような感覚があった。後から調べてみると、あのMVの撮影地はモハーヴェ砂漠。まさに、カリフォルニアからトノパーへ向かう途中に通った場所だったと知って、どこかでつながるんだなって感じた。
私はこれまでにも佐渡金山や石見銀山、足尾銅山など、国内の鉱山跡を訪れたことがある。でも、今回の旅の目的は鉱山ではなかった。トノパーを目指した理由。それは、あの「クラウン・モーテル」に泊まってみたかったからだ。


オカルト好きにはたまらない、聖地とも言うべきこのホテルは、荒野に囲まれた“世界一不気味な宿”として知られ、6,500体以上のピエロ人形に囲まれた館内と隣接するオールド・トノパー墓地が独特の雰囲気を醸し出している。恐怖は本来避けるべきものなのに、どこかでそれを欲してしまう矛盾した感情が、足を前へと押し出す場所だ。


客室もまた一筋縄ではいかない。全室に2~3点の趣味の悪いピエロアートが飾られており、部屋ごとに異なる雰囲気を楽しめる。中にはホラー映画をテーマにした特別室もあり、夜になるとその雰囲気は一層濃くなる。残念ながら、その日は特別室が満室だったため、空室の中からピエロアートが最も象徴的な部屋を選んだのだが、夜が更けてもなかなか寝付けず、後悔の念に包まれた。
翌朝、私は寝不足のまま隣接する墓地に向かった。すると、墓地内にはスピリットボックスを手にしたゴーストハンターとおもしきグループが、真剣な面持ちで死者との交信を試みていた。よーく見ると、彼らは特別室に宿泊していた人たちだったとわかった。彼らは観光気分の冷やかしではなく、本気でこの場所に来ていると確信した瞬間、私の心に奇妙な緊張が走った。


墓地に長居するのもなんなんで、次に町の外れにあるトノパー・ヒストリック・マイニング・パークへと向かった。ここは、かつて銀鉱で栄えたこの町の心臓部ともいえる場所だ。モーテルから歩いて行ける距離にあるのも、なんともトノパーらしい。

入口をくぐると、そこには100年以上前の鉱山施設がそのままの姿で残されていた。風に軋む木造の建物、錆びついたトロッコのレール、そして地面にぽっかりと口を開けた立坑。観光地というより管理された廃墟、時間が止まったままの空間に迷い込んだような感覚になる。


園内は広く、起伏もあるけれど、ぶらぶらと歩くにはちょうどいい。風が吹くたびに、鉱山で働いていた人々の気配がふっと蘇るような錯覚に包まれる。そして、どこからか鉱石を砕く音や機械の軋む音が聞こえてくるような気がした。

実はこの町には、「クラウン・モーテル」のほかに、オカルト好きの間で有名なホテルがもう一つある。「ミズパー・ホテル」だ。こちらは“本気で心霊現象が起きる宿”として知られている。全く興味がないと言ったらウソになるけれど、ビビりな私は“不気味な宿”くらいがちょうどいい。

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